仕事の醍醐味は “開いていない引き出し“を開けること
日本を代表する女性アイドルグループのライブでは、東京ドームや日本武道館を埋め尽くす観客を熱狂させるダンスパフォーマンスを荘厳にそして煌びやかに彩り、デビュー25周年目を迎えたビッグアーティストのスタジアムライブでは、ファンとともに歩んだ歴史の新たな1ページを作り出す……。多彩な著名アーティストのライブ演出映像や制作を手がける映像ディレクター、守崎梢子さんがPERCHに加わったのは今から3年ほど前のこと。元々知り合いだったPERCHメンバーの紹介がきっかけで、独立・起業のための新しいオフィスとしてPERCHに居を構えることになりました。
守崎さんが創業し今年で4期目を迎えた株式会社ウパンでは、今春、インターン生が同社初となる新卒社員に。3人体制での新たな一歩を踏み出した守崎さんにお話を伺いました。
意図を臨機応変にくみ取り、“提案に見える押しつけ”をしない
─映像制作を仕事にされるようになった経緯を教えてください。
守崎:父がレコード会社でジャズのプロデューサーをしたり自らジャズレーベルを立ち上げたりと、音楽を仕事にしている人で、幼少期から常に家には音楽が流れている環境だったこともあり、音楽関係の仕事に就きたいとはおぼろげに思っていました。でも、なにか違うなという違和感も同時に覚えていました。その違和感を解決してくれたのが映像編集ソフトの「iMovie」でした。高校2年のときに「iBook」を家族の共用マシンとして使っていて、それにバンドルされた「iMovie」を触り出したら、自分で映像を撮影して編集するのにはまっちゃいました。それが「映像なら、音楽も絵も総合的に扱えるんだ」と気付いた最初のタイミングですね。
─作った映像を人前で披露し始めたのも、そのころですか?
守崎:高校卒業後、映像の専門学校に入ったころが、ちょうどクラブミュージックのブームが来ていた時期と重なって。音楽ライブやクラブのステージで、会場に流れる音楽に合わせて映像を流すVJ(ビジュアルジョッキー)という存在を知ってからは、毎週のようにクラブでVJをやっていました。VJをしているうちにもっと大きなライブの演出をやってみたくなって、就職先もライブ演出の映像制作会社を選んで、20歳から10年間所属していました。
─VJとライブの映像演出との違いは?
守崎:VJはその場での“セッション”になることが多いんですが、全国を行脚するツアーや連日にわたるライブではもっと計画的に、「照明はこのタイミングで絶対に赤」とか「この瞬間でレーザーを使用」とか、何カ月も前から音と映像を作り込んでいきます。その精度の高い総合演出の一端を担えるのがすごく面白くて。ライブのメインはもちろんアーティストとそのパフォーマンスで、私たちが作っている映像や照明やレーザーだけでは成立しない空間です。だからこそ、アーティストの音楽や歌の世界観をよりよく伝えることが、ライブ演出の役割だと思っています。
─伝える世界観を理解するところに、プロの本領が発揮されるのですね。
守崎:ライブの演出はその1回ごとに意図するところがまったく違います。同じアーティストのライブでも、同じ演出家によるライブでも「前回と同じ演出で」ということはありません。例えばある年のツアーでは「むしろ、映像を引き立たせたい」というオーダーで、2年後のツアーでは「映像が音に干渉しないようにしたい」と演出が変わったり、もっと抽象的なオーダーになったりすることもありますし、会場や時代の空気に応じて本当に変わってくるので、臨機応変に意図をくみ取ることを、とにかく毎回大事にしています。もう一つは、自分の世界観を押しつけたり前面に出したりしないようにすること。例えば、クライアントのリクエストに対する提案も、見方を変えれば、自分から見たアーティストのイメージを押しつけてしまうことにもなってしまいます。あくまでクライアントに喜んでもらって、アーティストのライブを見に来られた観客に喜んでもらえることが絶対で、すべての前提になることだと意識しています。
他人の“得意”を見抜くのが好き
─自分の手を動かすときと、ディレクションをするときで違いがあると思いますが、どのような点でしょうか?
守崎:そうですね、全然違いますね。ディレクションの醍醐味は「80%の出来栄えでもいいかな」と思って頼んだものが、110%ぐらいになってできあがってきた瞬間ですね。「この人にお願いしてよかった! ぴったりな適役を選べた!」といううれしさと、その人の持ち味や得意なところを引き出せたという喜びがあります。
─”開いていない引き出しを開ける”のが、「自分の手を動かす仕事」「ディレクションをして他人に任せる仕事」のそれぞれと、新人さんを育てることに共通している点だなと思いました。
守崎:このあいだベクターデザインの梅澤さんとお話していて「自分の得意なもの、これだけは負けないものって何?」と聞かれたことがあって。音楽は全般的に広く浅く聴いてるし、引き出しの数もそれなりにあって、クライアントのOKラインはどのジャンルでも大概クリアはできるんですけど、特筆に値する何かを、私は持っていないと思っていたんです、実は。その分、他の人の特筆に値する部分を見抜くのは結構好きだし、得意なほうだと思っていて。映像のディレクションをするときは「どうしたら、その人の一番いいところが引き立つのか」を考え抜いて、この人にはこの仕事が合うな、あの人にはこの曲が合うなとか考えて依頼を振るのがすごく楽しいです。
─“開いていない引き出し”が、仕事を通じて開いた瞬間ですね。
守崎:全然、的外れなこともしょっちゅうあるんですけど(笑)。
─成功の裏側にはたくさんの失敗があると。
守崎:もっといい伝え方なかったかなとか、自分の言葉のチョイスも反省しますし。やっぱり難しいですよね、人に伝えるって。
業界全体を盛り上げる、新しい価値観のために
─新卒生の採用を決断された背景には、どのような理由があったのでしょうか?
守崎:社員を1人採用するのもそれなりにコストがかかるから、「よく新卒を採ったね」といわれたこともありましたが、「若い人に成長してもらうこと」を今後の第一の目標にしたいと考えていたので、今年はまずその1人目を…という思いで採用しました。
─社員が増えるのは、PERCHに来たころからイメージされていましたか?
守崎:PERCHにオフィスを構えると決めたとき、すでにアシスタントとの2人体制でしたが、この先に人が増えたときのことも考えていました。1人で作業に集中するのには個室でもいいですが、3人・4人になっても個室のオフィスにこもっていると、あまりに閉鎖的で、外からの情報も入ってこないし。PERCHなら、秘密保持契約書を交わしたうえで開けた空間のオフィスが使えて、しかもいろいろな専門分野のプロが集まっているから、周囲から受けられる刺激もありますし、なにより孤独にならないというのも大きいですよね(笑)。仕事のほかでも、悩みや愚痴とかも気楽に話せて、かつアドバイスもくれる、スタートアップの環境としてすごくいい場所だなって思いました。
─ジェネレーションギャップを感じることは?
守崎:フルタイムのインターンとして、1年ほど前から会社に来てもらっていたのでまったくのニューカマーではありませんが、この春に専門学校を卒業した新卒生で私とは15歳差です。成長させる側ですが、一回り以上も差のある人と一緒に仕事をしていると学ぶことが多いですね。「15歳年下の人は、何を見て考えて、どんな映像を作るんだろう」という興味がわいてきます。成長させる側の私も、まだ業界人としては経験が浅いほうですが、これまでの10年以上の経験と彼が持つ「新しいもの」とを融合して、これまでとは違った価値観を生み出しながら、ライブ業界・映像業界全体を盛り上げていけるように成長してほしいと思っています。成長させる側としてもそれを見据えて力を注いでいきたいです。
─これからの成長が楽しみですね。
守崎:私と一緒に5年くらいアシスタントをしてくれている社員がいるので、分担して教えています。あとは、すぐ周りにはPERCHメンバーの皆さんというすばらしいお手本もいらっしゃるから、そこも見ていってほしいと思っています。挨拶一つをとっても、世話を焼いてくださる人が近くにいるのといないのでは、だいぶ違いますね。
─最後に、今後の会社や守崎さんのビジョンを教えてください。
守崎:「絶対こうしなきゃ、こうならなきゃいけない」とかたくなにならず、柔軟にやろうと思っていて、それはこれからも続けていきたいです。今まで全然手も出したことない分野やジャンルから、思ってもみなかった依頼のお声掛けをいただくこともあるので、そういうことにも先入観を持たず、やったことない分野は全部やってみたいという気持ちを忘れずに持ち続けたいと思っています。
株式会社ウパン
主にライブコンサートやイベントのステージ演出映像のディレクション・制作業務を手がける。
プロモーションビデオやアニメ、イラストレーション、キャラクターデザインの企画制作も行っています。 多忙な中、編み物等の手芸作品の制作・販売も展開する代表の守崎氏。
「映像や手芸作品をつくること、絵を描くこと、それらはどれもコミュニケーション手段の一つ」と言う彼女のセンスや技術、作品は多くのアーティストの心を惹きつけて止みません。
取材編集/常山 剛