PERCHは“それぞれが自律しながら協同する組織”のモデル
芸術家と鑑賞者の間をつなぐキュレーター、プロデューサーをはじめ、美術・芸術を世界に発信する人材を輩出している多摩美術大学芸術学科出身の木原進さん。PERCHの藤﨑さんとは学生時代からの友人で、「PERCHのこともオープンのころから知っていて、おもしろい場所だなと思っていました」と語る木原さんがPERCHメンバーとして自身の会社「梅ノ木文化計畫」を起業したのは昨年のこと。PERCHのオープン直前にベクターデザインの梅澤社長と知り合い、以来友人としての交流がはじまり、会社経営に参画してもらうまでの関係になったそうです。
「やってきたこと」と「やりたいこと」がPERCHでつながった
─起業される以前は、何をされていたのでしょうか。
木原:大学卒業後は、学生の頃から手伝っていた一人の高名な芸術家の専属スタッフとして、芸術に関わるありとあらゆることをしてきました。芸術作品制作の支援、展覧会制作、作品の販売、アートスクールの運営、アートプロジェクトやランドスケープデザイン、建築の現場も経験しました。芸術家、職人、研究者、行政マン、プロジェクトに関わる地域の人々など、芸術を通して様々な人たちと協力しながら働いてきました。20年以上いたその職場を一昨年に辞め、これからは一人の芸術家のためだけでなく、多くの芸術従事者の土台に寄与するような仕事、広く芸術文化の土台に関わるような仕事をしたいと思ったんです。
芸術活動だけで生計を立てている芸術家、芸術従事者はほんの一部です。そしてそのほとんどは副業を持って生活しています。芸術文化の仕事だけで生活を続けるのは難しい。
コロナ禍をきっかけに芸術従事者の生活基盤の脆弱性が議論の的にもなりました。日本と海外との差もよく取り上げられ、フランスやドイツ、韓国などは芸術文化に対して社会が支援する風土があるといわれていますが、海外で活動する芸術家に話を聞くと日本と似たような問題を抱えていました。
コロナ禍が始まったころ、仕事を辞めたばかりの私が梅澤さんに「芸術文化をとりまく環境全体の底上げというか、社会の中で継続的に芸術の活動ができるようにしたい」と話をしたら、ちょうど関係する案件をベクターデザインが請け負うことになったんです。
─まさに渡りに船ですね。どのようなお仕事だったのですか?
木原:一昨年の10月ごろに、新型コロナの影響による開催制限で軒並み上演できなくなった舞台芸術の人たちを支援するプロジェクトが文化庁を中心として発足し、その一環として、早稲田大学演劇博物館(エンパク)が舞台公演映像のアーカイブサイトを立ち上げることとなりました。劇団や劇場などから募った映像やフライヤー、舞台写真などの資料をサイト上で公開して、収益力強化に寄与し、さらにそれらを保存、活用し、未来に継承していくことを目的としていました。そのバックエンド構築をベクターデザインが担当したのをきっかけに、私も関わらせてもらうことになり事務所のある代々木に通い始めました。
定期的に足を運ぶ中で、これからやりたいことについて梅澤さんに話を聞いてもらい、新しい仕事やプロジェクトを立ち上げるにあたっての枠組みを作りたいと思うようになりました。法人化は選択肢のひとつにすぎなかったのですが、話し込んでいるうちに「どうせだったらつくってみたら?」と助言を得て、エンパクの仕事と並行しながら事業計画を作り、梅澤さんにも経営陣に入ってもらい「株式会社 梅ノ木文化計畫」を設立したんです。
社名について「なぜ梅ノ木なんですか?」とよく聞かれるんですが、梅澤さんの「梅」と、木原の「木」からなんです。「ノ」はスラッシュにも見えるし、間に入れるとちょうどよく収まりました。横文字の社名もいろいろ考えましたが、どうもしっくりこなくて。企業コンセプトが具体的に言い切れるものではなかったこともあって、結局、漢字で「文化計畫」なる怪しい感じになりました(笑)。
「芸術×教育×テクノロジー」でコンテンツを練り上げる
─「広く芸術文化の土台に関わるような仕事」というお話がありましたが、会社で今手がけていることを教えてください。
木原:公立美術館のデータベース・アーカイブ構築や所謂「DX化」のお手伝いをしながら、東京国立近代美術館と武蔵野美術大学彫刻学科と共同で、教育・学習の現場で使えるVRを活用した芸術教材を開発する研究会型のプロジェクトを進めています。ここから生まれたVR教材「eye for art」は、芸術家を目指す初学者、研究者、芸術の創造・思考を学びたい人を対象にしています。高校や大学で使っていただき、フィードバック をもらいながら開発を進めています。美術大学の造形教育・制作技術と、美術館の作品研究の成果・鑑賞方法を結びつけ、作ること(制作)と見ること(鑑賞)の両輪による教育・学習プログラムを目指しています。また、今年5月からは「PERCHスクール」の企画運営もしています。PERCHのメンバー同士が互いに教えあい、学びあうことを目的とした学校です。アート、XR、映像、プログラミング…
さまざまな分野の一線で活躍しているメンバーが交代で先生を担います。メンバー同士の新たな交流が生まれ、仕事のお手伝いを融通し合ったり、新プロジェクトがスタートするかもしれません。スクールを通して、PERCHがより刺激と発見に溢れる空間として成長することを期待しています。
─「eye for art」は私も体験させてもらいましたが、作品だけでなく美術館や工房の空間全体の雰囲気を感じながら解説を受けたり、実際に塑像や木彫を制作している様子を制作者の視点で見られたり、美術の素人でもワクワクしました。
木原:美術作品を「自分の自由に好きなように鑑賞」することってできますか?意外に難しいと思います。例えば、ルールを知らずにサッカー観戦を楽しめるでしょうか。俳句なら「五七五の17文字で、季語が詠み込まれている」ものだと知っているから味わえる。美術作品も見方やルールを知ることで鑑賞の深みが変わるので、その妙味をうまく伝える媒体になることもミッションにしています。社会の中で出会ったさまざまな出来事や事物から受け取った感覚を大事にして、いろいろなことに結びつけて思考していくためにも、芸術を学ぶことはとても有意義だと思っています。
PERCHで実践しながら新たな「協同」の形を模索する
─この1年の取り組みから、当初の目標への手応えはありますか?
木原:正直まだまだですが、「芸術文化の土台に寄与すること」から、さらに大風呂敷を広げて「芸術文化を社会の土台にしたい」という想いも生まれてきました。
実は今、大学院で協同組合の勉強もしてるんですよ。芸術活動そのものを支える、芸術従事者同士の連帯組織ができないかと。芸術家をはじめとした芸術従事者は横のつながりをたくさん持っていて、互いに手伝い合い、アトリエや自分たちの専門技術を融通し合いながら活動しています。ほとんどの芸術家グループは、作家個人個人の社会生活を支え合うというよりは、作品の制作と発表を目的に組織されたものが多いと思います。生活基盤が脆弱な芸術分野で求められているのは、制作や発表という表現活動そのものを継続的に支えるような土台なのではないか、と考えるようになりました。公的な補助の充実を要求することも大切ですし、芸術表現や個人の才能だけに依存しない連帯もとても重要と考えて、協同組合のような共助の組織体をモデルに研究を進めています。
─協同組合というと農協や生協を思い浮かべます。SDGsの目標にもなっているディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の観点からも世界的に見直されているようですね。
木原:そうですね。私も注目しているのですが、日本では今年10月から「労働者協同組合」に関する法律が施行されました。「組合員が出資し、それぞれの意見を反映して事業が行われ、組合員自らが事業に従事することを基本とした組織」です。すでに、まちづくりや福祉などさまざまな分野に存在しています。自分たちのニーズを探してそれぞれが小さな事業体を作り、それらが結びつき相互に補完し合ってお金も回していく…。さらに昨今話題のWeb3にもつながりますが、プラットフォーム協同組合にも可能性を感じています。簡単にいうと、先端のデジタル技術と、労働者協同組合の民主的な事業運営が融合したような組織形態です。兎にも角にも、芸術に関わる人たちが持続的に活動できる仕組みづくりを模索してます。
─木原さんにとって、PERCHはどんな存在ですか?
木原:ウチの会社は株式会社ですが、会社のことを考えるときも協同組合のことを考えるときも、参考になるのがPERCHなんです。梅澤さんはPERCHのことを「みんなが船長」と表現しています。全員がそれぞれ自前の船に乗って、自分で目的を定めて動いてる。一緒になって仕事に取り組んだり、PERCHとしてこっちへ行こうとなったら皆でわっと集まって協業して、終わればまたそれぞれの船に戻っていく。こういうあり方は、個々が自律して分散していると同時につながっている。これからの社会にとって可能性のある組織のあり方だと思っています。そんなコミュニティに参加して、身をもって試行錯誤することで芸術文化、社会の土台づくりに寄与できたらと考えています。
そうそう、PERCHメンバーは個性豊かな面々が多く、働き方も一様ではありません。そんな私たち船長をあたたかく支えてくれるベクターデザイン の運営部にはいつも感謝しています。僕もずっと芸術家事務所で裏方仕事をやってきたので、大変さが身にしみて分かります。良い仕事をすればするほど透明化していくのがインフラですから、評価されにくいことがある。そういう運営部の存在がPERCHの安心感であり、いわゆる一般的なシェアオフィスとの違いにもなっていると思います。PERCHスクールにも通じますが、お互いの存在を知っていて、互いに分かり合っていて、その信頼の中でともに働いている実感がある場所。それがPERCHの良さじゃないかなと思います。
VR芸術教育プログラム『eye for art』実証デモンストレーション(2022年2月8日)
株式会社梅ノ木文化計畫
2021年5月にPERCHで創業された新会社。デジタル技術などを活用して、美術館をはじめとした文化施設・高校や大学などの教育機関・芸術家の活動支援を行っています。
高名な芸術家のもと、その活動を20年以上支えてきた木原氏が代表を務め、現在、VRを活用した美術教材も開発中。
芸術文化を社会インフラとして拡張することを目指しています。