PERCHの立役者は「武器商人」だった!?
ベクターデザインの社外取締役であり、自らが設立した「mg(ミリグラム)」の代表も務める藤﨑麻衣さんは、グッドデザイン賞を受賞したアートディレクター、映画撮影における馬術チーム、家畜商、B-Labo LLP組合員…、そしてPERCHプロデュースの立役者の1人という多彩な肩書を持っています。富山と東京を拠点に各地を飛び回り、1年365日、常にアクティブな藤﨑さんにご自身のお仕事と肩書について、そしてPERCHについて伺いました。
中小企業に“差別化という名の武器”を持たせる“武器商人”
─藤﨑さんの肩書を一つに絞るとしたら「アートディレクター」でしょうか?
藤﨑:これまでの仕事で、デザインワーク領域への評価もしていただいているので、「アートディレクター」としてビジュアルの力を引き上げるディレクションを行うのは、もちろん範疇です。しかし、どちらかというとデザインワークよりももっと前段の根底のところを経営者とお話して、何を達成したいかをくみ取って、ビジネスを整理することのほうが仕事のウエートとしては高いです。最近の仕事だと、足場架設工事の専門企業の会社案内パンフレットがいい例になるかな。これが表紙に使ったビジュアルです。
AD:藤﨑麻衣
企画・デザイン:B-Labo LLP
─これは…めちゃめちゃカッコイイですね…。この写真のために組み立てたのですか。
藤﨑:そう、この撮影のためだけに。縦横16.5m、高さが32mくらいかな、9階〜10階建てのビルに相当する高さです。仰ぎ見たこのアングルで、足場に陽光が差し込むこの位置に朝日がかかるように撮ると決めてロケハンをして、サントラッカー(太陽追尾装置)で軌跡を割り出したうえで、数日がかりで組み立ててもらいました。
─ビジュアルの着想は?
藤﨑:現場で見る足場って、常に建物に付随するから、建物が「主」で足場が「従」にしか見えないですよね。足場そのものや足場を組み立てる人にフォーカスして、誇り高くプライドを持って見せるには、足場が主である必要があるから、撮影用に足場を組み立てるしかないです! と最初のミーティングでズバッと伝えたんです。
─初手でそこまで踏み込んだ提案をされるのですね。
藤﨑:経営者ってスピード感をすごく求めるから、お話を伺ったあとの返事が「考えてきますね」よりも「実はそうおっしゃるかと思ったので、こんなビジュアルのアイディアを用意してきました」のほうが、前のめりになってくれるんです。今回の初回のミーティングの前にも、業界や業種についての取材をして、一通りバーッと足場の勉強はしてから行きました。
海外のダイナミックな現場写真も一緒に社長に見せながら「このアイデアに乗ってくれない?」というスタンスで。社長は「面白いこと言うじゃん」と乗り気になって、職方の社員を巻き込んでくれました。足場を組むのも仕事で慣れているとはいえ命がけだから、それと同じくらいこちらも命がけで向き合っての撮影でした。
─完成した会社案内への、反響はいかがでしたか?
藤﨑:社長からは「この会社案内を営業トークと同時に見せたら、もうそこで話が決まる」と聞きました。トップ営業がほとんどの業界で、社長が社長に提案するので、細かいプランの話よりも「この社長に任せられるか」とか「会社の安定感や規模感、成長感」が判断基準になるんです。社長も百戦錬磨でプレゼンがうまい方ですが、会社案内を見てもらうだけで、それがもう伝わるとよろこんでくれました。
─「見せるだけで契約が取れる会社案内」って、最強の営業ツールですよね…。
藤﨑:どの会社もみんなやっていることだとは思うんですけど、経営者が達成したいメッセージを整理して、持っている強みに光を当てて、こういうツールで伝えるという、基本的なことを私は愚直にやり続けているつもりです。それがたぶん私の強みなのかなと。
─藤﨑さん自身は、どんな肩書がフィットすると感じているのでしょうか?
藤﨑:ちょうど最近、それを考えていたところで。“武器商人”ですね。
─武器の“職人”ではないんですね。
藤﨑:ビジュアルの質を引き上げるディレクションは任せられないところですが、極端な言い方をするとアートワークはデザイナーに任せられるので、職人だとは思ってはいないんです。日本の企業の99.7%は中小企業で、寡占化が進んでいるのは極一部の業界に過ぎません。ほとんどの企業は競合との差が小さく、わずかでも差別化ができたら業界内で勝ち残れるんですね。競合との差が明らかに伝わる切れ味のよい“武器”を作って経営者に手渡すのが、私の仕事。
コンサルから出てくるポジショニングマップだとか、未来で狙うべきマーケット分析とか、そんな表よりとにかくビジネス相手の気持ちをグッと引き寄せて掴む“武器”を渡したほうが、社長たちには満足度が高いですよね。
伸びている企業の経営者は強いんで、これでバッサバッサと仕事を取ってくるんですよ。「この武器でたくさん狩れたから、もっとバージョンアップした武器をくれ!」みたいな感じで(笑)、リピートで依頼をくださることが多いんです。
PERCHという「ゆらぎ」の中にいる「ゆらぎ」の一部
自らを「武器商人」と表現する藤﨑さん。その肩書とは裏腹に、ふだんはPERCHメンバーと談笑したり、イベントを一緒に企画したり、仕事以外の話で盛り上がったりと、PERCHには欠かせないムードメーカーです。そんな藤﨑さんにとってPERCHはどんな場所なのでしょうか?
─PERCHの中にいる時間は、どのくらいですか?
藤﨑:主に富山と東京の2拠点で仕事をしていますけど、今は東京のほうが多いから1か月の半分以上くらいかな。いわゆるオフィスワークとか、集中して考えて作るときはPERCHの「小屋」の中が多いですね。PERCHが「本拠地」だったり、「帰るところ」という気持ちはなくて。自分にとっての「場所の価値」が固定化していたらホームグラウンドみたいな寄る辺になるけど、PERCHというのは、中の人も場所も固定化していない、変わりゆく場所なんですよね。PERCHの成り立ちから見ているから、ゆらぎの幅も見ているし、自分もそのゆらぎの一部でもあるし。ゆらぎを眺める側とゆらぎを生み出す側の両方に、私が含まれているという感じなんですよね。
─観察者でもあり当事者でもあり、その両方の立場が同時に両立しているわけですね。
藤﨑:PERCHというゆらぎの内部で一緒にゆらぎながら、同時に一緒に見ているっていうのがしっくりきますね。
─PERCHを眺める側として、どんな風に見えていますか?
藤﨑:PERCHのメンバーは、それぞれが自立して看板掲げている人たちで。事業を継続するのは簡単なようで、そうでもないですよね。やり続けるためには同じところに立ち止まっていたら置いていかれてしまいます。皆さんが独立独歩で仕事を続けているのは、成長したり時代に合わせて実は変わり続けているから。
─例えばメンバーが入れ替わらない時期であっても、それは停滞ではなくて変化の結果という。
藤﨑:変わっていないように見えるのだけれども、みんなが成長しているから同じ景色があるんだと思うんですよね。時代や世の中が移り変わっても同じところにとどまっていたら、その人だけ置いていかれちゃうわけですよね。止まってしまってついていけなくなると時代からニーズがなくなっちゃったりするじゃないですか。どの仕事でも共通することだと思います。
原初のPERCHのイメージは、小屋が軒を連ねる「商店街」だった?!
PERCH内の藤﨑さんのブースは、ほかのメンバーのブースとは一味もふた味も違う雰囲気。それはまるで別荘のようでもあり、基地のようでもあり、お店のようでもあります。PERCHをプロデュースした藤﨑さんの頭の中に描かれていた原風景はどのようなものだったのでしょうか。
─PERCHの“管理人”のベクターデザイン梅澤社長から、「PERCHを作る」と最初に聞いたときはどのような話だったのですか?
藤﨑:梅澤がPERCHを作ったもともとのきっかけが、IT業界は変化が大きくて世の中の変化や顧客のニーズはどんどん変わっていくのに、組織の中で仕事をしているとエンジニアとかプレーヤー個人としては変化がだんだん億劫になり、その結果エンジニアとしての寿命を短くしてしまうという“本人が気づかない、変化を拒絶する気持ち”をすごく危惧していたのが根っこにありました。「変化し続けてる人をそばに置いたほうがいいんだ、置いてその刺激を双方にあることが大事だ」って言って「PERCHを作る」って言い出したんですよ。最初に。
─藤﨑さんの脳内にあった、原初のPERCHのイメージはどのようなものでしたか?
藤﨑:ここのスペースの床面積がもっと広かったら…、2倍ぐらいかな、それくらいあったら街にしちゃいたかったんですよ。
─街?
藤﨑:小屋みたいな家が軒を連ねて、真ん中に広場があるような、本当だったら小さな街みたいにしたいぐらいの感覚があって。道を挟んで両側に小屋みたいのがポコポコ建ってて…。
─商店街みたいな?
藤﨑:お花屋さんとか、パン屋さんとか、それぞれの小屋で働いている光景がお互いに見通せる感じですかね。シェアオフィスとしてブースゾーンを作らなきゃっていう感覚と、一方でいろいろな人が仕事をしている小屋が居並ぶ、街並みみたいなオフィスだったら面白いなという思いとが両方あったんです。
そうすると、みんなが何かやっているときに、ふと声をかけやすいですよね。実際、私もブースで「撮影で使うこの棒に穴を開けたいんだけど」とか周りに話しかけて、「ええっ、何をしたいの?」「テグスを通したい」「それで何を使って開けるの?」みたいな話に流れていったりとかね。開ける方法をみんなで考えたりとか。
─ちょっと相談できるタイミングがいかに早くあるかで、全然違いますよね。
藤﨑:1人でやってたら悩むときもあるじゃないですか。穴の開け方のレベルでなく、間違った仕事を引いちゃうときとか。そういうときに1人だと、自分も目がくらんじゃってて判断できなくなってたりしますよね。そういうときに「うまくいってない理由って、そこ目くらんで仕事に手を出してるでしょ」みたいなことを言ってくれる人が近くにいるかが意外と大事ですよね。
まさに昨日の夜もそんな感じの話がありました。頑張ってるのは分かるし、本人も頑張ってるつもりなんだけど、みんなからは「余裕ゲージゼロに見えるよ」って言われた瞬間、「あっ、やっぱりそうだったんだ」ってなる人がいたり。
─どこかで聞いたことあると思ったら、あれだ、落語の長屋ですね。
藤﨑:長屋ですよ、まさに。だからさっき話した、小屋があり、広場があり、井戸がありって、まさにそのイメージなんですよ。声が聞こえる、声がかけられる距離感に人がいる長屋。
─言ってくれるのが、尊敬できる間柄だと効果てきめんですね。熊さん八っつあんじゃなくてご隠居だと言葉の重みが違いますし。
藤﨑:PERCHに在籍しているメンバーの周りには、それぞれのジャンルの第一線のクリエーターとか、会社に所属しながら副業でクリエーティブしている人とか、もちろん一企業に専属する会社員も含めてさまざまな人がいて、自分の分野に閉じこもってばかりいると出会えない人たちとつながれるんです。PERCHメンバーだけでなく、そのメンバーと一緒に仕事をしている人たちとも仕事をしたくなるというか、尊敬できる仕事をしている人たちが集まっている場所ですね。そんなPERCHを東京だけでなく、富山へも展開すべく画策中なんですよ。
─富山にもPERCHができたら、また、そのたくらみのところから、お話を聞かせてください!
mg(ミリグラム)/藤﨑 麻衣
広告企画、デザイン、ブランディング、店舗等の空間プロデュースなどクリエイティブ関連を中心に幅広く活躍するアートディレクター。手がけた「賃貸住宅CON-FLEX」では、2015年グッドデザイン賞を受賞。
代表の藤﨑氏はベクターデザインの取締役でもあり、PERCHをプロデュースした立役者。
PERCHが誇る才色兼備のパーフェクト超人で、卓越したセンスと硬軟織り交ぜた折衝力に、疾風怒濤の行動力を持ったパワフルな方。
家畜商、そして映画撮影における馬術チームという謎な肩書きも。
ベクターデザインの梅澤社長と並び、PERCHメンバーの良き相談役です。
取材編集/常山 剛