PERCH Toyamaから目指す「子どもも保護者も保育士も輝ける社会」
2人の子育てを経験する中で感じた、働く親のニーズと既存の保育サービスとのギャップを埋めたい。その思いから、17年間の保育士経験を生かし、託児所サービスとベビーシッター事業「&hoiku(アンドホイク)」を立ち上げた髙野恵子さん。PERCH・藤崎との偶然の出会いをきっかけに、現在は髙野さんもPERCHのメンバーとして活動しています。富山オフィスを拠点に、従来の保育の枠にとらわれない柔軟なサービスを提供し、地域の子育て環境や働く保育士の意識のアップデートを目指しています。保育士の新しい働き方を提案し、心身ともに保護者をサポートする髙野さんの挑戦は、富山の子育て支援に新しい風を吹き込んでいます。
ベビーシッターの依頼から生まれた、PERCHとのつながり
─PERCHと接点を持つきっかけは藤崎さん経由だと伺いました。どのようなきっかけだったのでしょうか?
髙野:本当に偶然でした。私が富山でフリーランスのベビーシッターとして活動していたときのことです。ベクターデザインの藤崎さんが富山に滞在されていて、ベビーシッターを探していたんです。当時、富山市ではベビーシッターがほとんどいなくて、ベビーシッターのマッチングアプリで、富山市に登録しているのは私一人しかいなかったんですよ。それで、藤崎さんが私を見つけてくださって、定期的なお世話をさせていただいたのがきっかけです。
そのうちに「富山にベクターデザインのオフィスがあるから、髙野さんが考えている保育士向けビジネスの話をしてみたらどうですか」って声をかけていただいたんです。
─それで富山オフィスが保育所になったんですね。
髙野:私の事業アイデアに対して、梅澤さんをはじめベクターデザインの皆さんがいろいろなアドバイスをくれました。現在は、ベクターデザインに社員として在籍しながら、副業として「&hoiku」を運営しています。ベビーシッターをしたことがこんな大きなご縁につながるなんて、想像もしていませんでした。
─保育士のお仕事を始めた経緯を教えてください。
髙野:高校卒業後に就職した地元の製薬企業を辞めてから、保育士としてのキャリアをスタートしました。実は子どものころから、夢は保育士でした。3人兄弟の長女で、弟や妹の面倒を見るのが好きだったんですよ。でも、一度は違う道に進んでみたんです。
いい職場だったものの、やっぱり保育士への思いが諦められなかったんですね。専門学校に行き直して保育士資格を取り、すぐ保育の仕事に就きました。最初は本当にうれしくて、子どもたちがかわいくてしかたがなかったですね。市内の保育園で未満児(3歳未満の乳幼児)を中心に担当していました。
─園勤務だったころの思い出や印象的なエピソードはありますか?
髙野:私の保育観を変える大きな経験だったのが、障害のあるお子さんと健常児とを一緒に保育する「統合保育」です。自閉症やアスペルガー症候群、その他の発達障害のあるお子さんたちを担当したんです。
集団での活動が苦手な子どもたちと個別に関わって、信頼関係を築いていく過程で、最初はできなかったことが、少しずつできるようになっていく。その成長を目の当たりにしたとき、子どもってほんとにすごいなって思いました。
この経験は私の保育観の原点になっています。今でも、そのときの子どもたちやご家族からもらった手紙は大切な宝物です。大人の関わり一つで子どもが変わるという、とても大切なことに気づかせてもらった経験でした。
─「&hoiku」を起業へとつながっていくわけですね。
髙野:既存の保育園や幼稚園ではできない、よりきめ細やかで柔軟な保育を実現したいという思いが「&hoiku」を起業した理由です。
例えば、保育園では、どうしても集団生活のルールや決まったスケジュールがあります。今すごくいいところなのに、もう次の活動に移らなきゃいけないということがよくあるんです。それってもったいないなと感じていました。また、保護者とのコミュニケーションも大切にしたいと思っていました。保育園だと保育士も忙しいですから、ちょっとした相談でも気を遣わないといけない雰囲気がありますよね。
そして、0歳から12歳まで、子どもの成長に合わせて継続的にサポートできる体制を作りたいと思っていました。せっかく親しみやすくなったころには、子どもは保育園を卒業する年齢になってしまったり。子どもだけでなく、保護者の方々の人生にも寄り添える存在でありたいんです。
この思いを実現するには、従来の保育園や幼稚園の枠組みでは難しいと感じました。だから自分で、新しい形の保育サービスを「&hoiku」として立ち上げようと決心したんです。
理想の子育て支援を、「&hoiku」で実現したい
─ご自身もお子さんを育てるお母さんと伺いました。自宅の育児と保育園での育児とは違いがありましたか?
髙野:保育の現場で働いていたから分かっていたつもりでいたんですけど、自分が母親になってみて、気づいていなかったことがこんなにあったんだと知りました。特に最初の子育ては、しんどすぎて(笑)。
まず、新生児はこんなに眠らないなんて知らなかったですしね。保育士として働いていたときは、主に3〜5歳児を担当していたので、赤ちゃんを見るのも久しぶりだったんです。それに、保育園では交代で子どもを見ますが、自分の子どもは24時間365日ずっと見なければいけません。
仕事と育児の両立の難しさも身をもって経験しました。最初の子を産んだときは正規職員で、産後1年ですぐ通常勤務に復帰したんです。時短勤務制度はあったものの誰も使ってなくて。そうなると、早番だと朝7時に出勤しなければならず、子どもを寝かせたまま家を出ることもしばしばでした。そんな生活を1年くらい続けたんですが、とても辛かったです。
子どもが病気のときの対応も大変ですよね。1カ月に5日間しか保育園に行けなかった時期もあって、その間、自分は休めないので、母や父、いろいろな人にお願いしながら順番で休ませてもらったりしました。その調整も本当に大変でしたね……。
─保育士としての経験と、ご自身の子育ての経験との両方が「&hoiku」に生かされているんですね。
髙野:そうですね。例えば、理由を問わない預かりサービスや、急な依頼にも対応できる体制を整えているのは、自分の経験から、そういうニーズがあると分かっているからなんです。
何より気づいたのは、誰かがそばにいてくれるだけで、どれだけ心強いかということ。自分の母に助けてもらったときに、本当にそれを実感しました。だから今、「&hoiku」では、何かをしてあげるというよりも、そばにいて寄り添うことを大切にしています。自分が経験した困難や不安を、他の親御さんには少しでも軽減できるようにサポートしたい。それが今の私の原動力になっていますし「&hoiku」のサービスに生かされていると思います。
─「&hoiku」の活動を通じて、変えていきたいことを教えてください。
髙野:よく覚えているのが、私が初めてベビーシッターのマッチングアプリに登録したときのことです。富山市内でフリーランスのベビーシッターとして登録している人は、私一人だけだったんです。アプリの運営会社の担当者からは「市内で一人だから、依頼が殺到するかもしれません」と、登録時の面談の際に言われました。自宅での保育を利用したい人はたくさんいるのに、対応できる保育士が富山にはまだ少ないのが現状です。
だから、変えていきたいことはたくさんあります。第一に、富山でのベビーシッターや一時保育の認知度を上げていきたいですね。富山ではまだまだこういったサービスの利用に対して心理的な障壁が高いんです。特に地元出身の方々にとっては、「人に子どもを預ける」ことに罪悪感を感じる方も多いです。でも、子育ての選択肢の一つとして、こういったサービスを当たり前に利用できる環境を作りたいと思っています。
今は、保育園や幼稚園、そして学童保育が主な選択肢ですが、それ以外にもさまざまな形の子育て支援があっていいと思うんです。現在の「&hoiku」は一時保育ですが、将来的には、アフタースクールプログラムや、習い事と保育を組み合わせたサービスなど、親子のニーズに合わせた多様な選択肢を提供していきたいです。
もう一つは、保育士の新しい働き方を提案していきたいです。保育士の仕事って、保育園や幼稚園での勤務がメインだと思われがちですよね。でも、もっと柔軟な働き方ができるんです。「&hoiku」では、保育士の方々が自分のスキルや経験を生かしながら、より自由な形で働ける環境を提供しています。こういった選択肢があることを広く知ってもらいたいです。
これらの変化を一つ一つ実現していくことで、子どもも保護者も、保育に関わる仕事に就く人たちも、一人一人が輝けるような社会にしたいと思っています。
PERCHは成長の場であり、アイデアの源泉であり、そして心強い味方
─PERCHのいいところを教えてください。
髙野: PERCHのいいところですか? もう、本当にたくさんあって、どこから話せばいいか迷っちゃいますね(笑)。
まず、さまざまな分野の専門家が集まっているところがすごいんです。保育とは全く違う視点からアドバイスをもらえるんですよ。マーケティングの専門家から事業の展開方法についてアイデアをもらったり、デザイナーさんからパンフレットのデザインについてアドバイスをもらったり。そういった異分野の知恵が、私の事業にとって新しい発見や刺激になっています。
皆さん、自分のことのように真剣に考えてくださって。でも、押し付けがましくなく、適度な距離感でサポートしてくれる。この距離感や事業の相談がしやすい雰囲気とても居心地良いんですよ。
実務的なサポートも充実しています。オフィススペースを一時保育場所として使わせていただいているんですが、そのスペースの設営をベクターデザインの社員さんやPERCHの皆さんが手伝ってくれたんですよ。昨年の夏、お盆休みを利用して東京から来てくれて、皆さんで汗を流しながら一緒に保育ルームを作ったんです。
ここにいると「一人で抱え込まなくていい」という安心感がありますね。起業して間もないころは、すべてを自分でやらなきゃいけないという重圧があったんですが、PERCHに入ってからは、困ったときに相談できる人がいるという安心感が生まれました。これが、新しいアイデアや挑戦にもつながっているんです。
PERCHは私にとって、ただのオフィスじゃなくて、成長の場であり、アイデアの源泉であり、そして心強い味方です。
─最後に、今後の展望を教えてください。
髙野:目先の課題として捉えているのは、一緒に働く保育士の仲間を増やすことです。富山での保育士の新しい働き方をどんどん発信したいと考えています。
また、保育っていろいろなものと相性がいいのに、未発見の組み合わせが多いと思うんです。例えば、「旅行と保育」とか。一時保育も、富山へ旅行に来たときに、親だけでごはんを食べに行くくらいの気軽な理由でも使ってもらいたいと思います。そのような、新たな何かと掛け合わせた保育利用を提案していきたいですね。
&hoiku/髙野恵子
ベビーシッター・一時保育・イベント託児・企業提携などの保育サービスを提供する「&hoiku(アンドホイク)」代表。子どもの主体性を大切に、家庭に寄り添う保育を心がけ、令和3年からは富山県内で唯一のフリーランス保育士として活躍。PERCH富山を拠点に保育ビジネスを展開中。
朗らかで愛情あふれる人柄にファン急増中。
取材編集/常山 剛