PERCHは「弟子入りしてみたい」と思える個性と才能が集まる場所
フリーランスから法人成りのタイミングで、2022年からPERCHのメンバーに加わった、合同会社スタジオリトルウィングの代表・濵龍之介さん。PERCH入居のきっかけは株式会社ケイカの間野さんからの紹介だったといいます。広告企画からWebサイト制作まで幅広くこなし、「器用貧乏」と自称する濵さんが、なぜ大手広告代理店を辞めてフリーランスの道を選んだのか。そして、PERCHを選んだのか。濵さんの話から見えてきたのは、観客ではなくプレーヤーであることにこだわり、常に新しいことに挑む姿でした。
ジミ・ヘンドリクスの命日に合わせた「27歳の9月18日」の独立
─昨年に法人を設立されました。現在はどのような仕事をされていますか。
濵:現在は1人法人として、主に広告やプロモーション企画・制作に携わっています。独立前も同じ業界で、電通テック(現在の電通プロモーションプラス)という広告会社に勤めて、電通本体に「駐在」(一般にいう在籍出向)もしていました。学生時代からコピーライターの養成講座に通ったり、コピーやCMのコンテストに応募したりして、広告を仕事にしたいと電通テックに入社しました。それが今のキャリアの始まりです。
でも、思ったより自分で手を動かして作る機会がないと、入ってから気づいたんです。企画を考え、スケジュールや見積もりを整理したあと、実際に手を動かすのはデザイナーさんや、エンジニアの方である場合がほとんどでした。もちろん社内にもクリエイティブ職としてアートディレクターやデザイナーもいますが、採用されるのは、美大や芸大出身の粒ぞろいばかり。それくらいじゃないとクリエイティブには入れないんですね。そんな事情もあり、このまま会社にいても自分が手を動かす機会を作るのは難しいかもしれないと感じるようになりました。
─それから、独立や起業を考え始めたのでしょうか?
濵:実はそもそも、入社する前から「27歳の9月18日」にはサラリーマンを辞めるとだけは決めていたんです。そのタイミングで独立すると、2年後にインボイス制度のスタートがくるので、「お試しで独立して、続けられそうなら法人化。だめそうなら出戻りする」と計画して、入社から6年ほど勤めた会社を退職しました。
おかげさまで電通グループからの仕事も請け負いながら、サイトのコーディングや企画書イメージのカンプ程度なら自分で作ることもできるようになりました。最終的に作るところにこだわった……というとかっこいいですが、クリエイティブ職へ憧れて未練を追った結果、今に至った気がしています。
周囲が許してくれるから、“器用貧乏”でいられる
─PERCHとのつながりのきっかけは、間野さんだったと伺いました。
濵:会社を辞めたタイミングで、システム構築やプログラミングを勉強したいと話をしていたら、会社員時代にお付き合いのあった協力会社の方から「紹介したい人がいる」と、ケイカの間野さんを引き合わせてもらいました。PERCHに初めて訪れたのはコロナ禍の始まる少し前、2020年の1月ごろです。
ちょうど私が独立したのと数か月差で、間野さんも法人化されたころでした。PERCHへフラッと行くようになると、間野さんは教育にも興味をお持ちで何かと世話好きな方なので、何か分からないことがあれば気軽に相談させてもらう間柄になりました。そのうちに梅澤さんにも声を掛けてもらい、ベクターデザインからの仕事を請けるようにもなりました。フリーランスで2年続いたら、法人化しようと決めていたこともあり、インボイス制度のスタートに合わせて法人化しました。
─法人化してから変化はありましたか。
濵:意識的に変えていこうと思っていますが、仕事に対する基準は変化できたかもしれません。会社員時代は、クライアントにOKをいただける水準を追求するというビジネスライクな基準や、困っている仕事相手を助けたいというメンタルを基準にして仕事をしていた気がします。
でもその基準を変えていかないとのちのち後悔するかも、とも思うようになってきました。フリーランスから法人化して、自分が本来やりたかった最終的なところまで手を動かすようになると、これはアニメ作品からの受け売りですが「携わった案件1本1本がすべて自分の名刺代わり」になります。周りがOKしているからといってそこで手を止めてしまうのはよくないかもしれないと、最近は思うようになりました。実際にそうやって突き詰めていく方と仕事をする機会が多いのも影響を受けています。
プログラムやコードを再利用したり、企画書のフォーマットを流用して新しい企画を組み立てたりすることも多いですから、自分が見返したときにも「がんばったな」と思えるラインを越えておけば、後悔を減らすことにも繋がります。道のりは長いですが。
─反対に、昔から変わっていないことはありますか。
濵:できあがったものを見て、それを消費できればいいという感覚が自分のなかでは薄いです。それは子どものころから今も変わっていません。
小学校のころから、変な意味でとにかくポジティブでした。サッカー、水泳、ギターと夢中になってやっているものは、どれもプロになれると本気で思ってましたから。そのノリで大学に入って、就活時期に広告に興味を持って宣伝会議のコピーライター養成講座へ通うようになると、「ああ、このまま広告業界に入るんだろうな」と。その勢いで何十社も受けた結果、拾ってくれたのが電通テックでした。
─きっと、それは多才だっていうことですよね。
濵:いや、器用貧乏なんですよ(笑)。2000年だから小学3年生のときかな、「仮面ライダークウガ」という平成仮面ライダーが始まったんです。オダギリジョーが演じた主人公・五代雄介の肩書は「2000の技を持つ男」。2000年までに2000の技を身に付けることを恩師と約束して、次々と技を習得していきます。最初の技が「笑顔」で、バック転、ドラム叩きといろいろな技を身につけ、2000番目の技が「クウガに変身する」。そんな風に、とりあえずなんでもできる人というのが、自分の理想形の一つでした。どんなことも及第点はクリアできるけど、それ一本では食っていけるほどではない、という「技」を一ダースそろえておく、みたいな。
芸術家とか研究者とかアスリートの世界のように、トップスターにならない限り食べてはいけない領域では許されないやり方ですよね。でも、それを周囲が許してくれるから、器用貧乏な自分でいられるとも思います。
見ているよりも、自分がプレーしたい
─周囲の理解があってこそ器用貧乏でいられる、というのは確かにその通りですね。
濵:どのジャンルでも、一回はものすごく集中して勉強しています。
─集中しすぎて大変だったエピソードはありますか?
濵:大学の卒論では、ドラえもんの作品の作り方をテーマにしました。同じドラえもんでも、映画のドラえもんは2時間、テレビ版ドラえもんの一話は15分と時間差がある、ということはストーリーの構成が違うのではないか。その差分を解析できれば、物語を作る構造式みたいなものが見いだせるんじゃないかと考えました。説明は立派に聞こえますが、やってることはドラえもんをとにかく見るだけ。それも何度も一時停止してメモしながら観るので、少々ノイローゼになりましたけど(笑)。
結果論ですが、そのときの「物語を客観的に、分解して眺める」経験は現在仕事にしている広告企画のフレームとしても役立っています。また、やれること・やりたいことが多いから、「ここはやらない、手を出さない」と蓋をする領域を決めておかないといけないなと思っています。
─時間の使い方がうまい、ということかもしれませんね。
濵:ドカッとやって辞める、過集中のようなやり方を繰り返してるので、どうして自分はこういうやり方ができるんだろうと考えることがあるのですが、「分かった、友達少ないからだ」という結論に至りました(笑)。遊びに行かずに一日中家にこもって仕事や勉強、趣味に集中していても苦じゃないんですよね。
その疑問を突き詰めていくと、根っこにあるのは「ステージは見るものじゃなくて立つもの」と思ってしまう感覚だと思います。「試合を見るくらいだったら自分が試合に出たい」「ライブを見に行くくらいだったら、自分が弾きたい」って。
換言すれば、エンタメやスポーツに限らず「できあがったものを見て、満足」という観念が自分のなかには薄いのかもしれません。たとえ観客として見るときでも、ちゃんと文脈とプロセスを咀嚼して、目にしたものがなぜそうなったかをある程度再現できる程度には分かっていなければ十分に楽しめない。カオスなまま咀嚼したとしても、どこがどうカオスなのかを説明できなければ十分に楽しめない。きっとそういう面倒くさいタイプなんです。
ほかのメンバーが好きなものを、大切にできる人が集まっている
─濵さんから見て、PERCHはどんなところですか。
濵:一言でいえば、まさに多様性がある場所ですよね。私の範疇とは異なる領域を持っているだけではなく、歴とした自己や好きなものを持っているからこそ、相手が好きなものを大事にできる、そういう人たちが集まっているように思います。「私を認めてほしい」というアプローチではなく、それぞれが好きなことに熱中して、他の人がやっていることは、それはそれで「なんか面白そう」と楽しめる。自然と多様性を維持できるメンバーがそろっているんでしょうね。自分の「好き」が一番で、ほかの人の「好き」はあまり興味が無い性質の自分がPERCHにいてハレーションを起こさないのは、そういうことなんだと思います。
─そんな濵さんが、気になるメンバーは誰でしょう?
濵:おもしろそうなことをしているのは分かっているけれど、その実まだよく分かっていないという視点では、ウパンの守崎さんですね。ミュージックビデオをはじめとした動画の世界は、自分が手を出したけど引っ込めた領域ということもあって、興味の度合いが一番高いです。AfterEffectsとかVFXとか、Blenderの本とかが家の本棚にまだ刺さってます(笑)。
大学を卒業してから、10年越しでギターを再開したのも影響があります。いろいろ趣味をやってきたなかで、やっぱり音楽がしっくりくるんですよね、その気持ちも重なって、仕事ではまだご一緒できたことはないんですけど、遠くで指を咥えながら「いいな〜」って守崎さんの仕事を見ています。
─最後に、PERCHの魅力について聞かせてください。
濵:ほかのシェアオフィスと比べて、同じジャンル一辺倒ではなく、芸術も含めていろんな方々が同じ場所にいるところがPERCHの面白みで、魅力だと思います。集中して仕事するオフィスも悪くないですが、フランクに「おもちゃで遊んでるけど一緒に遊ぶかい?」と声を掛けてくれる方がいるような。
先ほどの守崎さんのほかにも、アートディレクターの藤崎さんもいれば、写真家の池谷さん、またエンジニアの方もPERCHにはたくさんいらっしゃいます。最近はギャラリーでの経験が豊富な木原さんも加入されました。私はとてもそこまでいけないだろうなっていう深みにどっぷりと浸かった方々ばかりなので、それぞれの会社や人のところに、ローテーションのようにかわるがわる弟子入りしてみたら面白いだろうなと思っています。あくまでも自分の妄想の一つですが。
合同会社スタジオリトルウィング/濵龍之介
studio Little Wing は「考えたり」「書いたり」「作ったり」を代表の浜1人で切り盛りする小さな制作会社です。ご一緒する様々なお仕事を通じて「なんかおもしろそうだ」「こんなものも作れるんだ」と小さなおもしろみを色々に感じていただけると嬉しいです。
小さな会社なのですぐ手一杯になったりもしますが1つでも多くのおもしろいものを作れるよう頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたします。
取材編集/常山 剛
photographs by Tomohide Ikeya.